2013年10月19日土曜日

デジタル教科書…よりもデジタルノートのイメージで

最近、ネットでもリアルでも、デジタル教科書についていろいろと議論が起こっています。この動きは「教育の情報(ICT)化」という一連の流れの中にあるものですが、様々な立場の人たちが、それぞれ別のイメージ(思惑?)を持ちつつ議論を繰り広げているため、何だか"ちぐはぐ"だなと思うことが多々あります。

学校現場で教壇に立つ身としては、これまでの経験もあって、デジタル教科書の議論は、子供たちが取り残されているのではないかなぁと感じています。広く普及しているとは言い難いのですが、教師が教材を子供たちの前で提示するデジタル教科書は、既に教科書会社が開発しているものがあります。これをそのまま児童用の教科書として利用するのはあまり現実的ではないのですが、教科書会社が児童用デジタル教科書を作る素地のようなものは、できつつあると考えて良いと思っています。
♯むしろ技術的な問題よりも、法的な問題の方が気になっています。

しかし、紙の教科書をそのまま、あるいは、ちょっとばかり挿絵や写真を動かせる仕組みを盛り込んだり、音を出して興味を引いたりしても、それが本当に子どもたちの学習に有益かどうかはわかりません。(教員の立場からすると、むしろ使いにくい)

私はデジタル教科書というよりも、デジタルノートもしくはデジタルワークブックのイメージで、教師から教材を提示するだけでなく、それらをもとに、子どもたちが自ら学習を深められるような仕組みを備えたタブレットPC&コンテンツ(アプリ)が欲しいと思っています。(これをデジタル教科書とは呼びたくないのです)

手書きやタイプで入力するだけでなく、写真や音などを取り込んで保存・加工・整理したり、それを使って様々な表現をしたり、それらをアウトプットして、みんなの前で発表したり、ネットで配信(諸々注意は必要だけど…)したり、紙工作やフィジカル・コンピューティングにも使えるなど、さらに表現の可能性を広げたりすることができれば、理想的な学習環境になりそうな予感がします。これを、デジタルノートと呼んで、子どもたちに普及させることができたらなぁと妄想しています。

家庭では、使い終わったノートはすぐゴミとして処分されると聞いています。学んだ記録を捨てるなんて、私には考えられない。私自身は、教科書よりも自分が書いたノートで勉強をした方なので、これには大変ショックを受けました。自分が作ったノートは、まさに自分だけの教科書だと思います。(これを「子供が作るデジタル教科書」という意味で「デジタル教科書」と言うのなら、それでも良いかと思いますが)

デジタル教科書やデジタル教材を、単に反復練習(習熟)、eラーニング(自習)や試験(評価)のためのものに限定してしまうのは、もったいない気がしています。(そういう使い方を否定しませんが)未だ実現していない未知の領域だけに、様々な思惑が交錯するのも理解できますが、そもそも「学び」というのは「自由を獲得する手段」でもあると思っていますので、そういう自由自在に学べる環境を、提供できる道具を子供たちに与えたいなぁと考えているところです。

♯まとまりのない文章ですが、今日はここまで。

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