2017年10月8日日曜日

片輪のカーテンレールランナーを自作してみた

我が家には、曲線のカーテンレールが使われているところがあります。これにカーテンを取り付けるためのランナーが、どこを探しても購入できないというのが懸案事項でした。

いろいろ調べてみると、このカーテンレールは、どうやらTOSOという会社のカーテンレールで「オスカー(Link先はPDFです)」と言われるものらしいことがわかりました。この片輪のランナーが欲しかったのですが、近くの店舗では見つけることができず、ヤフオクで扱っているものくらいしか見つかりませんでした。

この片輪ランナーは、力のかけ具合で車輪のプラスチックが欠けてしまうのです。そうなると、すぐにカーテンレールから脱輪してポロッと落ちてしまい、とてもみっともない状態になるのでした。一々拾って付け直すのですが、車輪が欠けているのでまたすぐに落ちてしまいます。この作業が面倒で、何とかしたいと思っていたのでした。

入手が難しいとわかれば、代替のものを作る他ありません。近所のDIYショップで使えそうなものを探して作ることにしました。本当は、もっと品揃えの豊富なところに行けば良かったかもと思いましたが、今後も増産の必要があると思ったので、身近なところで手に入る物で作ることにしました。

揃えた部品は以下の通り。
特別なものはなく、割と簡単に手に入るものだけにしました。こんな感じに出来上がりました。
これで、引っ掛けることができました。カーテンを勢い良く動かすと外れてしまいますが、代替のものとしては、合格点と言ったところでしょうか。外れても車輪は割れません。滑りの悪いところは、556に頼れば何とかなりそうです。当面は、これでしのぐとして、本物のランナーが簡単に入手できるようになったら、購入してしまうかもしれませんが、それまではこれで我慢することにします。

2017年10月1日日曜日

カブトムシの世話(2017秋その3)

100頭超えの多頭飼育に挑戦中。先週までに準備を終えて、1ヶ月ぶりに中をひっくり返してみることにしました。

追加の買い物として、コンテナを新しいものにしました。近所のDIYショップで取扱のあった、アステージ社の「ホームボックス620」というものです。(今まで使っていたものと同じもの)とは言え、古いものを捨てるのではなく、飼育用具の保管やマット交換のときの入れ物として利用しようと考えています。

まずは、マットの上に敷き詰めていた腐葉土を半分新しいコンテナに移し、買い置きしてあったクヌギマット(ミタニ社純太くん10L)と混ぜて加水しました。残りの半分は、後でマットの上に載せるように、別にして加水しておきました。そして、コンテナの中のカブトムシの幼虫たちを掘り出しながら、新しいコンテナへ少しずつ移動していきました。

腐葉土の中間辺りからフンの量が増えてきて、腐葉土も食べていることがわかりました。(細い枝は、あまり好みでないらしく、食べ残されていました)マットの方は、思ったよりはフンが少なく、荒目のふるいでフンを取り除きました。それでも、腐葉土の葉も一緒に取れてしまうのですが、このフンは、花の栽培に利用することになっているので、大きな葉や木の皮だけもどして、フンと一緒に肥料にすることにしました。出てきたフンの量は、およそ15〜20Lくらいでした。

餌不足やそれに伴う共食いを心配していましたが、出てきた幼虫を数えると108頭になっていました。これまでに、マットの上に出てきて死んでしまっていたのが4〜5頭だったので、中で4〜5頭が死んでしまったことになります。カブトムシの幼虫は、死んだら土に帰っていくと言われますが、それらしき皮(?)をいくつか見つけました。(既にボロボロだったので、はっきりとはわかりませんでした)

というわけで、大量絶滅は今のところ避けられている状態です。もう少しマットが沈んできたらクヌギマットを追加して、さらに腐葉土を載せて乾燥を防ごうと思っています。また、冬になる前(冬眠前)に、もう一度マットをひっくり返してフンを取り除こうと考えています。それにしても、秋のカブトムシ飼育がこんなに忙しくなるなんて…。orz

2017年9月26日火曜日

カブトムシの世話(2017秋その2)

100頭を超えるカブトムシの幼虫が見つかった前回の世話から1ヶ月がたちました。その間、マットの上へ追い出されて死んでいるのが4〜5頭見つかったものの、それ以外は死骸を見ることなく経過しています。マットの中では、それなりに自然淘汰されているものと思っています。

さて、これだけの頭数がいると、厄介なのが餌としてのマットの供給です。ある程度の大きさに育てるためには、食べごたえのあるクヌギの朽木やクヌギのマットが必要です。しかし、こればかりをやっているとかなりの出費となります。自宅在庫が6袋(60L)ありますが、これだけでは来年の春までには足りなくなると判断しました。

マットをひっくり返してみると、太めのクヌギの朽木(まだ成虫が生きているうちに購入しておいた2本)が、かなり食い散らかされていました。もう少し多めに用意しておけば良かったと思うところもありますが、今さら言っても仕方がありません。フンの量も結構増えてきたなと思いましたが、ここでふるいにかけてもクヌギマットが混ざって取れてしまうので効率が悪いと判断。新たな試みとして購入した腐葉土を追加することにしました。

Amazonで添加物のない腐葉土を探し、カブトムシの飼育に使っている人がいるかどうかレビューを確認して、一番良さそうなものを選びました。(保証ができないので具体的な商品は紹介しません)40Lを3袋で120L分買いました。そもそも腐葉土飼育では、あまり大きく育たないと言われているので、クヌギマットとの併用でなんとかしのいでいきたいと考えています。

腐葉土は、マットの上に載せるように敷き詰めました。その後、園芸用のじょうろで軽く加水し、マットの保湿も兼ねるようにしました。はじめはかさの多さに困惑しましたが、数日経つと凝縮されてきて、容器に収まった感じになりました。上に出てくるものもなく、順調に育っているものと推察しています。10月はとても忙しいので、次の休み辺りでもう一度手入れをして、できるだけフンを取り除いてみようかと思っているところです。

2017年8月26日土曜日

カブトムシの世話(2017夏・秋)

8月お盆の時期の雨続きから一転。毎日暑い日が続いております。

7月前半から徐々に顔を出し始めたカブトムシの成虫たちでしたが、春の世話のときに19頭の幼虫が確認され、ほぼ同数の成虫を見ることができました。今年は、メスの姿をよく見ましたが、8月半ばまでにはオス・メスともにほとんどが死んでしまい、最後のメスが先週死んで成虫がいなくなりました。寒暖の差が激しかったので、あまり長く生きられなかったのかもしれません。(成虫が、朽木を食い散らかしていたようで、止まり木として入れておいた朽木や餌入れの朽木がボロボロになっていました)

メスが多かったことに期待をしながら、今回の世話をはじめました。いつごろからだったかは忘れましたが、マットの減りが早いことに気づいていたので、かなりの数の幼虫がいるのではないかと思っていました。できるだけ成虫の死骸を取り除きつつ、マットをひっくり返し、ふるいにかけてフンを取り除きました。(フンは、勤務校の花壇に入れて、花の肥料にします)すると、出てくる出てくる。数えられた分だけでも、117頭の1〜3齢の幼虫が出てきました。(里親を募集したい)

発育がよく、かなり太ったものから、生まれたばかりのような小さいものまで混じっていました。何よりもカブトムシ飼育をはじめて以来の最多頭数を記録。これは、いろいろ考えて対策しながらやらないと、大量絶滅の恐れも出てくるところです。また、コンテナも古くなってきているので、買い替えも考えないといけないかなと思っています。クヌギのマットも後どのくらい必要なのか考えただけでも大変です。

未体験領域を乗り越えられるよう、頑張って育てていきたいと思っています

【追記】マット上で死んでしまう幼虫が2〜3頭現れ始めたので、マットの追加を考えました。今の時期に、10Lのクヌギマットを安く手に入れておこうと思い、DIYショップでクヌギマットを購入。以前に買っておいたものと合わせて9袋の在庫を確保。これでも足りない気がするので、本当な安価な腐葉土を使いたいところなのですが、添加物のない落葉広葉樹の腐葉土を探すのが難しい状況になっております。朽木も足りないかな。前任校に幼虫を持っていこうかな。(いろいろと考えてあたふたしております)
(2017.9.2)

2017年8月24日木曜日

夏の城跡訪問

夏は、城跡訪問の季節(?)ということで、今回は、既に何度か訪れている名古屋に向かいました。

名古屋では、言わずと知れた名古屋城に立ち寄りました。私にとっては、3回目の訪問でしたが、我が子たちは初めてということで、かれこれ10年以上前の記憶を頼りに案内しながら周りました。

前回の訪問時にはなかった、本丸御殿から見学開始。築浅い木の香りが漂う中、御殿内を散策していくと、襖絵(レプリカだね?)なども並んでいて、見ごたえがありました。正直な所、外へ出ると周りには工事をしているところが多く、城全体の景色を楽しむのは難しい状態にあるのですが、本丸御殿の中は、史実に基づいた復元を行っているため、鉄筋コンクリート造で中身が博物館になっている天守閣に比べると、見どころが多いのではないかと思いました。現存する本丸御殿として有名な川越城本丸御殿と比べて、規模の大きさを感じることが出来ましたし、その造りが似ているところも見ることができました。全体が完成して、公開されたらまた行きたいと思います。

もちろんのことですが、天守閣にも行きました。鉄筋コンクリート造の天守閣を木造復元する話もあるようで、どうなることか期待をしながら見守りたいと思っています。(賛否両論あるようですが)

同日、名古屋に行ったついでに、ちょっと足を伸ばして清洲城に立ち寄りました。旧城地内を新幹線や東海道本線が通っていますが、JR清洲駅、名鉄新清洲駅ともに徒歩15分程度の距離があり、城跡好きには良いかもしれませんが、あまり興味のない方には少々距離があるかなと思うような場所にあります。(広い駐車場がありますので、自動車での来訪が便利なようです)今回は、JR清洲駅から向かいましたので、線路沿いを進んで旧城地(現在は、公園になっている)にたどり着きました。

当時の天守閣があった場所とは違う場所に建てられた模擬天守は、五条川を隔てた対岸にあり、橋を渡ってようやくたどり着きました。天守閣内は、博物館になっていて、最上階からの眺望だけは天守閣に来た感があるものの、復元天守とは違って天守閣としての見どころはあまり多くはないと思いました。ただ、模擬天守最上階から旧城地を眺めることができるので、模擬天守が対岸にある良さを感じました。博物館として、歴史の勉強をするのなら、あるいは、観光としてちょっと歴史に触れるのなら良い感じではないかと思いました。

2017年7月8日土曜日

帰り道に見つけた城:三ツ木城

出張の帰り道。たまたま「城山公園」という看板を見つけて「何!?」とあわてて立ち寄ってみました。場所は、桶川市川田谷という辺り。桶川駅方面から荒川に向かう途中にありました。そもそも城山公園とは、私が城跡の研究を始めたきっかけになった、朝霞市の「岡の城城山公園)」をイメージさせたので、これは見ておかねばと思ったのでした。

駐車場に車を停めて、カメラを持っていなかったのでiPhoneを片手に手がかり探しからはじめました。公園の管理事務所は、17時で終了(残念)。公園としては、遊具やテニスコート、魚釣りができる池や広場など、充実した感じでしたが、肝心の城跡がどこなのか全くわからずうろうろしていると、目の前にバーベキュー場の工事をしている縄張りを見つけました。そしてその先に、木が生い茂る丘のようなところが見えました。もしやと思い近づいていくと、そこに説明板がありました。
#帰宅してから調べたところ、城と古戦場のサイトに三ツ木城の資料が見つかりました。

説明板を見てもいつ頃造られた城か、誰が築いた城かということがはっきりわからず(鎌倉時代?室町時代?)、なかなかの手強さを感じました。小高い丘の部分は残っているものの、住宅地が隣接していることや既にバーベキュー場として切り崩している部分があるなど、今後の保存が危ぶまれる雰囲気を感じ、その場を後にしました。

帰り道、荒川と入間川を渡って川越方面に車を進めましたが、川越市街へのアクセスはよく、昔からの道を活かしているのなら、川越城とも関係があったのかもしれないと思いました。

帰宅してから調べてみると、三ツ木城にほど近いところに石戸城という城があって、北条氏と上杉氏が争っていた頃に三ツ木城を使っていたのではないかとか、三ツ木城跡に石戸藩の館があったとか、いろいろ見られたのですが確実なものが見当たらず、なかなか謎の多い城跡だと思いました。

全国各地には、このレベルの城跡がたくさんあると思うのですが、 全てを保存しろとまでは言わないまでも、古の人々の営みが見えるようにしておいてほしいし、できれば地元の人達で歴史をまとめたり語り継いだりしてほしいなと思いました。

2017年5月7日日曜日

カブトムシの世話(2017春)

前回の世話から冬眠を経てカブトムシたちが元気に動き出す春になりました。クヌギマットの状態も良い状態をキープしているようでしたが、段々とかさが減ってくるのが見た目でわかるようになりました。そこで、ゴールデンウィーク最終日に、蛹化前の最後のお世話ということで飼育用コンテナをひっくり返してみました。

出てきた幼虫は、全部で19頭。体の大きさにはばらつきがあるものの、順調に育ってくれました。(クヌギの朽木をもう少し多めに入れた方が良かったかもと反省中)フンも大量に出てきたので、職場の花壇用(花の肥料)に持っていこうと思っています。すべての作業を終わってから、雌雄の確認をするのを忘れたと思い出しましたが、再び掘り返す元気も暇もなく、作業を終了することにしました。

職場も立場も変わって、じっくり世話をしてあげる時間が取れないのが難点ですが、こうして少しでも気分転換ができるというのはありがたいことだと思います。まだまだやることがいっぱいたまっているので、短いですが今日はこの辺で。

【追記】のぼり木やゼリー皿だった朽木がかなり食べられていて、この時期の幼虫には物足りない状態になっているのが気になっていました。ここへ来て、近所のDIYショップでカブトムシ飼育用品の扱いが拡大したので、 太めの朽木を買ってきて、しばらく水に漬けたあと、天日で表面だけ乾かして飼育コンテナに入れてやろうと思っています。(2017.5.16)

【追記】7月に入って成虫が出てきました。ざっと数えて11頭。オスが10頭でメス1頭まで数えられました。餌の減りはかなり早いと思うので、きっと中にまだいるのだろうと思います。
(2017.7.8)

2017年3月9日木曜日

BeagleBone Blackを使えるようにする

起動だけを確認してからしばらく放置していたBeagleBone Black(「BBB」と略記)でしたが、RPiをアップデートするついでにBBBもと思ったのが運の尽き。結構ハマったので顛末をまとめておきます。(どの程度需要があるかわかりませんが…)

はじめのつまずきは、upgradeからでした。起動後ターミナルを開いてapt-getしようとしたところ、コマンドがないと言われました。買ったまま放置していた「BeagleBone Blackで遊ぼう!」で確認すると、opkgというコマンドを使うことがわかりました。この本を読み進めていると、他にも設定しておいた方が良いところがありそうなので、今回はこの本を参考にしながらセットアップすることにしました。(BBBの公式サイトは、英語で書かれているのでよくわかりませんでした。orz)

この本によると、アップデートのインストールは、専用のインストールイメージをSDカードに入れて起動ディスクを作るようなことが書かれていたのですが、公式サイトを見てもよくわかりません。さらに読み進めると、Terminalからアップデートをインストールする方法があることがわかりました。そこで、この方法で作業をすることにしました。

Terminalを起動して以下のコマンドを打ち込みます。(Terminalを起動すると、「#」で起動します)
# opkg update
# opkg upgrade
※くどいようですが「apt-get」コマンドは使えません。

次に、システム時計の設定をしました。
# ntpdate ntp.nict.go.jp
これだけだと何かイマイチ。そこで、日本に合わせる設定をすることにしました。
# cd /etc
# ln -sf /usr/share/zoneinfo/Asia/Tokyo ./localtime
# echo “Asia/Tokyo” >./timezone
これをやってから、再び「ntpdate ntp.nict.go.jp」をすると、ようやく正しい日付が設定できました。(「date」コマンドでも確認できました)
次に、起動時にNTPサーバと時刻を同期するよう設定します。
gedit(テキストエディタ)で設定ファイルを開いて設定を書き込みます。
# gedit /etc/default/ntpdate
「NTPSERVERS=””」のところを「NTPSERVERS=”ntp.nict.go.jp”」にします。これを保存しておけば、自動的に日本時間に合うはずです。(念のため「systemctl status ntpdate.service」コマンドで「active」になっているか確認しておくと良い)

さて、次はいよいよ日本語表示です。まずは、geditを使って「/etc/opkg」の下に「locales-ja.conf」というファイルを作ります。そして、その中に次のような1行を書き込んで保存しておきます。
src/gz locales-ja http://feeds.angstrom-distribution.org/feeds/v2012.12/ipk/eglibc/armv7a-vfp-neon/locales/ja
※実際にブラウザで見に行きましたが、これ以降の更新は見当たりませんでした。

ここでもう一度「opkg update」してから、日本語ロケールの基本パッケージをインストールします。
# opkg update
# opkg install locale-base-ja-jp
さらに、geditを使って「/etc/default」の下に「locale」というファイルを作ります。その中に次のような1行を書き込んで保存します。
LANG=“ja_JP.UTF-8”
そして、日本語フォントを用意します。wgetコマンドで以下の2つのフォント(「さざなみゴシック」と「さざなみ明朝」)をダウンロードします。
# wget http://feeds.angstrom-distribution.org/feeds/unstable/ipk/glibc/all/ttf-sazanami-gothic_20040629-r4.3_all.ipk
# wget http://feeds.angstrom-distribution.org/feeds/unstable/ipk/glibc/all/ttf-sazanami-mincho_20040629-r4.3_all.ipk
これらをopkgコマンドでインストールします。
# opkg install ./ttf-sazanami-gothic_20040629-r4.3_all.ipk
# opkg install ./ttf-sazanami-mincho_20040629-r4.3_all.ipk
これで、再起動すれば部分的に日本語が表示されます。使えるようにはなりましたが、かなり苦労しました。(2〜3回ほど再起動して、やっとうまく動いているのが確認できた感じでした)
快適な環境になるまでには、もう少し作業が必要な感じがしています。(否、むしろ別のOSをSDカードで起動するのが良いかもしれないと思っています)

2017年3月4日土曜日

城跡踏破記録(2017新春)其の3

前々回の更新(犬山城)と前回の更新(彦根城)に引き続き、新春の城跡踏破記録の其の3です。

【佐和山城】
最後の目的地は、同じ彦根市にある佐和山城です。この城は、石田三成ゆかりの城で、彦根城の材料として使われてしまって、当時の建物は全てなくなっています。現在は、ふもとの神社と寺が管理する場所で、冬場に来る人は、そう多くない場所のようです。

地図を頼りに向かった私も、少々迷いながら、何とかふもとの寺(龍潭寺)にたどり着きました。登山口(ハイキングコース)らしきところから、三成公の銅像を拝みつつ登山開始。途中までは雪をよけてくれていたので普通に歩いて行けましたが、墓地が終わったあたりから雪が深くなり、歩くのが困難になってきました。そこで、準備しておいた靴につける滑り止めを装着。スパイクに頼りながら道らしきところを進んで行きました。途中、道を見失ってこれまでかと思ったところもありましたが、歩き続けて城跡らしきところまでたどり着きました。

切通しから塩硝櫓跡を通って西の丸跡と雪道を登っていきました。ここまで来れば本丸まではあと少し。誰にも人に会わないまま、目指す山頂本丸跡にたどり着きました。雪深く、人が入った形跡もない状態でしたが、滑り止めをつけた靴で歩ける範囲を散策しました。彦根城もよく見えて良い眺めでしたが、一歩間違えると断崖絶壁のような場所なので、しばらく一人だけでこの景色と佐和山城本丸跡を独り占めしてから、無理をしないで引き返すことにしました。

帰りがけには数人の登山客に出会いましたが、物好きもいるものだと思いつつ、挨拶を交わしてすれ違いました。ふもとの寺まで戻ると、寺の方が雪かきをしているところに出くわしました。お礼を言って手洗いを借りて無事に下山しました。そこから少し歩けば普通の民家が立ち並ぶ住宅街。日常と非日常が混在する不思議な空間にいるような気がして、少々夢見心地になりました。

今回の城跡見学は、3日間の一人旅で3つの城を巡りました。これで現存天守12城のうち、半分の6城を踏破したことになります。また、国宝5城の内の4城まで行きました。今後、どこまで記録が伸ばせるか計画は立っていませんが、よい機会が訪れることを期待しているところです。

2017年3月3日金曜日

城跡踏破記録(2017新春)其の2

前回の更新(犬山城)に引き続き、新春の城跡踏破記録の其の2です。

【彦根城】
次の目的地は、滋賀県彦根市にある彦根城です。名鉄線で岐阜まで出て、JRに乗り換えて特急で米原まで向かい、彦根まで行きました。昼前には着きましたが雪が積もっていて少々心配になりました。当日は、気温が高くなる予報があったので、ホテルに荷物を預けて彦根城に向かいました。

城跡として整備・保存されている規模が大きく、観光地としてもいい感じにこなれているところが印象的でした。開国記念館と駐車場そばの馬屋によってから、博物館前の券売所で近隣の玄宮園を含めた観覧券を購入し、博物館から見学に向かいました。(埋木舎は閉鎖中でした)
博物館では、井伊家の遺したものが今でも受け継がれていること、そして地元の人たちに愛され続けていることを知りました。

続いて彦根城天守を目指しました。急な石段を上がって橋の下を通り抜けて天守に向かいました。橋を渡って天秤櫓の門をくぐると、石段を上った先に高さの割に破風の多いずんぐりとした天守が現れました。周囲の建物を含めて見るところが多く、建物の保存もしっかりとしている印象を受けました。天守を最上階まで登ると琵琶湖が見えました。自身初琵琶湖でちょっと感動しました。反対側には翌日の目的地である佐和山が見えました。

天守を降りて西の丸に向かうと、かなり雪が深く通行止めの場所があり、西の丸三重櫓までの一本道しか通れませんでした。それでも三重櫓の中は見学できたので、よしとすることにしました。これだけの規模の城郭と建物を維持するのは大変だろうと思いつつ、ひこにゃんに会えなかったことを残念に思いつつ天守を後にしました。

遅い昼食を食べてから玄宮園へ向かいました。池を手前に見ながら、丘の上にそびえ立つ雪のかかった天守を眺めました。素晴らしい景色に感激しました。来てよかったとしみじみ思いながら、その余韻に浸りつつ堀沿いを歩いて市街地の散策に向かいました。

彦根城で資料を購入し、夢京橋キャッスルロードでお土産を買ってホテルに戻ると、翌日の佐和山城見学の準備をしました。資料も少なくガイドブックの地図だけが頼りですが、予習をしっかりして就寝しました。

2017年2月28日火曜日

城跡踏破記録(2017新春)其の1

個人的に細々と続けている城跡研究ですが、先日、リフレッシュ休暇を利用して、久しぶりの城跡見学に行ってまいりました。今回は、現存12天守のうち、家族を伴っての旅行では行かなそうなところを選んで行ってきました。(3回に分けて投稿します)

【犬山城】
はじめに向かったのは、愛知県犬山市にある犬山城です。新幹線と名鉄を乗り継いで向かいました。いつもの通勤時間と同じ頃に出発し、現地に到着したのは昼前でした。昼食を済ませて地勢に気を配りながら天守に向かいました。途中、織田有楽斎ゆかりの有楽苑に寄り道をしてから、木曽川沿いの山の上に建つ犬山城天守を目指しました。木曽川からの眺めは見事で、絵になるなと思いました。

犬山城天守へは、木曽川方向からのアクセスも可能なようですが、大きく回り道をして正面まで戻り、工事中の公園を横目に登城しました。幸運なことに年に1度の無料で観覧できる日に当たり、天守も近隣の資料館も無料で見ることができると知って、少し得をした気分になりながら犬山城天守に向かいました。急な坂を登って本丸までたどり着くと、決して大きいとは言えない天守がありました。

天守の手前には、ちょっとした庭のようなところがあり、売店が並んでいてちょっと興ざめ感がありました。観光地化と史跡保護の難しさを垣間見た感じがしました。気を取り直して天守の中に入って順路通りに進み、急な階段をいくつか登って最上階まで行きました。途中、石落としの間や唐破風の間、武具の間と呼ばれるところがあって、小規模ながらいくつかの見所がありました。天守最上階から木曽川を眺め、その先の岐阜城は見えませんでしたが、目的を達成した高揚感で気持ちを弾ませながら、天守を後にして城下に移動しました。

城下町では、資料館や旧城下の屋敷など、史跡を中心に見て回りました。観光地としての整備が推奨されているようで、観光客や若者が好みそうな店が軒を連ねていて、どことなく小江戸川越に近いような印象を受けました。この日の宿は、犬山駅と犬山城の間くらいにあるビジネスホテルでしたが、窓から犬山城天守が望めたのが気に入りました。(荵苳酒というスイカズラのお酒が犬山の名物のようでした)